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新しい窓1113

Author:新しい窓1113
特許になった「窓あきシート」を中心とした教材を使いながら小学生を教えています。「窓あきシート」を使っての学習法やその他の勉強法、教育問題、父子家庭の子育てを中心に書いています。

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母と死別した子供について
今日の文章は、ある父子家庭のお父さんへのメッセージです。
コメントでは足りなくてこちらに書きます。
少しでも参考になればと願っています。

お子さんのことが気になって、娘と少し話しました。
娘の場合は小1の冬、
朝見送ってくれた母が、お昼に病院に駆け付けたときは帰らぬ人となっていた
という状況でした。
私も混乱していて、何日学校を休ませたのか記憶にありませんが、
その後は、あまり休むこともなく学校に行っていたと思います。

学校では、多分先生がどう対処してあげたらよいか同級生に話してくれていたと思います。
また、同級生の親御さん達も子供たちにどうしたらよいか話してくれていたと思います。
だから、
娘はお母さんが死んだことについて、友達から聞かれるようなことはあまりなかったと思います。
2年生の教科書に「母親」についての題材があったときは、
担任の先生に事情を説明して配慮をお願いしました。
保健室の先生が私の同級生ということもあり、いろいろお願いをしておきました。
いろんな人の温もりに包まれて今日まで来られたと思います。

さて、今朝ブログのことを話して、娘に聞きました。
お母さんが死んでから学校はどうだった?」と

1年ぐらいの記憶が飛んでいるんだわ~。
 幼稚園のころや、2年生の終わりぐらいからは覚えているんだけど。
 学校で泣いていたことも友達から教えてもらった


初めて聞く話です。相当なショックが続いていたんでしょうね。
私の記憶では、わりと元気よく通っていたと思います。
ただ、夜になるとよく悲しくて泣いていましたが。

私の気持ちが分からないまま同情されるのは少しイヤだった。

単にかわいそうという意識での同情は辛かったようです。
確かに相手は心の底からかわいそうという気持ちで言っていると思います。
でも、
それよりも、そっとしておいて欲しいという気持ちが強かったようです。

確かに、何とか乗り越えようと思っているのに、
言われるたびに思い出がこみ上げてきますから・・
そう思うのも無理はないことだと思います。
幼いながらも、母の死を乗り越えようと頑張っているんです。
大人だったら、我慢できることでも、子供の心はもろすぎます。
突然母を思い出して泣くこともあります。
そういうときこそ、援助がいることであって、
忘れているときに、思い出させるような同情は辛いですね。
無邪気な子供の罪のない言葉であっても。

葬式のとき、先生に、学校ではお母さんのことを話さないで欲しいと頼んだ覚えがある。

先生と話す機会はなかったと思いますから、多少記憶の混乱があるかもしれませんが、
こんな事も言っていました。
話題にして欲しくないと言う気持ちの表れでしょうね。


母を思い出して泣くときは、ギュッと抱いてあげることしかできません。
 「今は思いっきり泣いていいよ。
  気がすむまで泣きな。
  お母さんはいなくなったけど、かわりにお父さんがいるよ。
  お前のことをとっても大事にしているよ。
  お前は独りぼっちじゃないよ

そんな気持ちで抱いていました。
言葉なんて要らないのです。
しばらく泣いて、娘は寝てしまいます。
大きなストレスにとらわれていたのですね。

子供同士でも、そんなふうになっていればいいかもしれない。
泣いているとき、そばにきてギュッと手を握ってくれる。
私がついているよ
言葉にしても、しなくてもいい。
ただそれだけで救われるかもしれない。


中学3年生まで、お母さんが死んだことを冷静に友達に説明できなかった。
娘が、母の死を冷静に受け止めるようになれるまで
こんなに長い時間がかかったのかと、初めて知った。
この8年間、少なくとも小学校高学年になってからは、気づかなかった。
申し訳ないという気持ちでいっぱいになったが、
同時に、自分で乗り越えるまで成長してたんだと思うとうれしかった。

それは、周りにいい友達、
その友達の親御さんや
両祖父母などのいい大人がいてくれたからだと思う。
私一人では何も出来なかった。

先生にお願いすることは必要です。
同級生の保護者の方へも、先生の方から事情を伝えてもらってもいいと思います。
学校へ行きたくないとき・・これだけはお父さんが決めることです。
いろいろご心配だと思います。
学校がいい環境であれば、元気になれば行き始めると思います。

   下の子(当時2歳半)は、保育園に行かせました。
   でも、休ませはしませんでした。
   それは、保母さんの母性が必要だと思ったからです。
   「行きたくない」と泣いていましたが・・
   そのかわり、他の時間はずっと一緒にいました。

何よりも
周りの大人の愛情が一番だと思います。
時間の許す限り、愛情を注いでください
お前は一人じゃないんだよ
お前のことが一番大事なんだよ
お前はお父さんにとって一番大切な存在なんだよ
というメッセージを与えてください。
もちろん、躾上叱らなければいけないときもあります。
でも、それ以外は甘やかせてもいいと思います。
どれだけ甘やかせても
我が儘な子にはならないと思います。
なぜなら、「母は死んだという」事実は子供の中に残っていますから。
そして、子供はそれを乗り越えていきます。

一緒に頑張ろうな」というメッセージも
ぎゅっと抱きしめることで与えてください。
それができるのはお父さんだけです。


以上は、あくまでも私の体験上のことです。
そして、ほんの一部のことでしかありません。
他の方に当てはまるかどうか分かりません。
お役に立てれば幸いです。

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子育て | 11:58:31 | トラックバック(0) | コメント(6)

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